とある警察署に1台のパトカー…後生に伝えるべき警察官の勇敢な行動が記されていた

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とある警察署に設置されている1台のパトカー。この写真を添えたツイートが話題となっているのでご紹介します。

投稿されたのは、TwitterユーザーのTkn@604@OJbQuWZebEyXcOSさん。こちらがそのツイートです。

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パトカーは、あまりにも無残な姿に変形してしまっています。付近には看板が設置され、お供え物なども置かれています。

東日本大震災で津波に見舞われる危険極まりない状況の中、住民達に避難を促しつつも、自身は津波に飲み込まれてしまったという警察官。その勇敢な行動と震災の記憶を後生に伝えていくために設置されているそうです。

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このパトカーが設置されているのは、福島県にある双葉警察署。看板に記されている文言によると、同署から増子洋一警視(当時41歳)と佐藤雄太警部補(当時24歳)がこのパトカーで町民をはじめ沿岸部の住民の避難誘導を行ったそうです。

避難した住民の中には、駆けつけたこのパトカーと冷静に避難誘導をしていた2人の警官の姿を鮮明に覚えている人が多くいたそうです。その後、パトカーは2人の警察官とともに津波に遭い、車両は多量の土砂が流入した状態で発見されたといいます。

増子警視は地震から約1ヶ月後に陸地から30km離れた沖合で発見され、佐藤警部補は行方不明のままだそうです。


震災後、パトカーを訪れる人が増加

震災以後、このパトカーを訪れ、手を合わせる人や献花する人々が増え、自然と祭壇が設けられたといいます。

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(ツイートに対して寄せられていた声)

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このパトカーは、使命感と勇気を胸に多くの住民を守るために職務を全うした人たちがいたこと、そして平穏な町をおそった地震や津波の威力のすさまじさを示すものであり、東日本大震災を象徴する貴重な資料として設置されています。

震災時、命がけで住民を守ってくれた増子警視と佐藤警部補に敬意を表します。



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