
ウィリアム・キッド、いえ、キャプテン・キッドと呼んだ方が伝わる人も多いでしょうか。
彼は、17世紀に実在した海賊船の船長です。
裏切りの末捕まった彼は、処刑される直前にこう言い残したと伝えられています。
「私は財宝をある場所に隠した」
冒険心をくすぐるこの言葉。
その隠し場所として、世界中の宝探しファンの間では日本のある島が候補地として名前が挙がることがあるのです。
海賊の財宝が、日本に眠っているかもしれない?
いったいどういうことなのでしょうか?
※本記事は、歴史資料・民俗学・一般的な学説をもとに再構成した読み物です。
史実として断定するものではありません。諸説ある歴史ロマンのひとつとしてお楽しみください。
キャプテン・キッドとは

「キャプテン・キッド」ことウィリアム・キッドは、17世紀に活躍したスコットランド出身の航海士です。
イギリス政府から「海賊退治」を依頼された公認の私掠船(しりゃくせん)の船長でした。
しかし、航海の途中で自らも海賊行為に手を染め、最終的には海賊として逮捕・処刑されるという皮肉な運命を辿りました。
キッドが隠したとされる財宝の一部は、ニューヨーク近くのガーディナーズ島で発見されています。
また、脱獄したいキッドは看守に「自分を牢獄から出して一緒に来れば大量の財宝が手に入る」と持ち掛けたという話が伝わっています。
こうした逸話をきっかけとしてか、「まだどこかに残りがあるはず」という話が語られるようになりました。
こうして、「財宝伝説」が生まれたのです。
なぜ日本が候補地に?トカラ列島の宝島

こうして、生まれた「財宝伝説」の候補地は多くの島があげられます。
数ある候補地の中には、日本も含まれています。
特に知られているのが、鹿児島県トカラ列島の宝島です。
1930年代から、キッドが航海の途中でこの島に立ち寄り、鍾乳洞に莫大な財宝を隠したのでは?という話がされるようになりました。
1950年代や1970年代には、一攫千金を夢見るトレジャーハンターたちが国内外から同島を訪れ、発掘調査が行われたともされている。
■ 島の名前がそのものずばり宝島
■ 島にはキッドが財宝を隠したという伝承が残る
■ 昭和には国内外の探検隊が調査に訪れたこともある
史実的にはどうなのか?
歴史学の視点で、この日本と財宝伝説の関連性について見ていきましょう。
キッドの航海記録に日本近海まで来たことを示す確かな史料はありません。
彼の主な活動範囲はインド洋や大西洋。
極東の島にまで来て財宝を隠すのは、航路的にも考えにくいとされています。
宝島という名前も、キッドとは無関係に古くからの地名だったとされています。
とはいえ、「絶対にない」と証明することもまた難しいのですが・・・。
宝島伝説が世界文学を生んだ?
キッドの財宝伝説は、文学にも大きな影響を与えました。
エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』、スティーヴンソンの『宝島』。
宝の地図、暗号、隠された財宝という宝探し物語の定番は、キッド伝説から広まったともいわれます。
実際の財宝より、物語という宝を世界に残したのかもしれません。
【結論】財宝の行方は不明なれどロマンは今も現役
★ キッドの財宝の一部は、実際に発見されたという記録がある
★ 残る財宝の行方は300年以上謎のまま
★ 日本の宝島説を裏付ける史料は見つかっていない
伝説の海賊と見つからない財宝。
この組み合わせがある限り、宝探しのロマンが消えることはないでしょう。
もしかしたら、どこかの海辺の洞窟に、今も?
※本コンテンツのテキストの一部や画像は、生成AIを使用しています。