2011年3月11日。私たち日本人にとって忘れることのできない「東日本大震災」が起こった日。
被災された方はもちろんですが、物資の不足を目の当たりにしたり帰宅難民になったりと、都内にいた筆者でさえ大きな不安を覚えた、長い長い一日でした。
そんな3月11日、神戸のある小学校ではこんなことが起こっていました。その小学校があったのは、1995年に発生した阪神淡路大震災での被害が非常に大きく、建物のほとんどが半壊してしまった地域でした。
目次
3.11 あの日神戸のとある街の小学校で起こっていたこと
ふと思い出した、3月11日のあの日のこと。 pic.twitter.com/IwjF5RIPK7
— かずさ(繁忙期) (@kazusa_pb) 2019年3月11日
『俺ら震災とき世話なったん返さなあかんからな』
おっちゃんの言葉が胸に響きます…。
東日本大震災の日、関西の揺れはそこまで大きくなかったと記憶していますが、報道を見て、居ても立っても居られなくなったのでしょうか。おっちゃんや地域の人の行動から、被災地で生き抜いてきた人たちの苦労や、当時支援してくれた人への並々ならぬ感謝が感じとれます。
この投稿に寄せられたコメント
この投稿には、
「校長先生の発想といかついおっちゃんの行動力がスゴい」
「おっちゃん、漢ですね。」
「この助け合いの精神こそが日本人ですね。」
などなど、非常にたくさんのコメントが寄せられました。
そういえば、2016年4月に熊本で地震があった際、「今度は自分たちが助ける番」といって東北地方の人たちからの支援や物資が次々届いた、という話もありましたよね。被災者にとって他の地域からの支援は、それだけ印象深く、物理的にも感情的にも支えになるもの。私自身にも、まだまだ何かできることはないか、改めて考えてみようと思いました。
東日本大震災関連の記事
毎年この時期には多くの皆さんが2011年当時の事を思い出し、追悼の気持ちで過ごされると思います。
今後も、あの時起こった悲劇を風化させてはならないと思います。
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