染井吉野(ソメイヨシノ)命名の由来や起源は?染井村から広まった日本の桜

2019.9.25


日本の桜と言えば染井吉野(ソメイヨシノ)ではないでしょうか。毎年桜のシーズンになると一斉に咲き誇る桜の多くは、日本古来のものだったりします。ここではそんな染井吉野(ソメイヨシノ)命名の由来や起源を紹介するので、ぜひ読み進めてみてくださいね。

日本人なら知っておきたい桜の知識も合わせて紹介するので、きっと桜がもっともっと好きになります。日本人の心とも言える桜。そこにはどんな歴史があるのでしょうか?



染井吉野(ソメイヨシノ)


染井吉野(ソメイヨシノ)とはそもそもどういう桜なのでしょうか。そこには日本人の職人魂が詰まった歴史があります。ここからはそんな日本一有名と言っても過言ではない桜について知っておきたい情報を紹介します。

染井吉野(ソメイヨシノ)とは?


染井吉野(ソメイヨシノ)とは日本固有種のオオシマザクラとエドヒガンの交配によって生まれたのが始まりと言われています。日本有数の桜として知られ、毎年桜の季節になると咲き誇る姿が人気ですね。

実は品種改良されたクローン


染井吉野(ソメイヨシノ)と言えば日本古来の桜として知られているのですが、実は品種改良されたクローンなのです。エドヒガンとオオシマザクラを交配させ、雑種として生まれた背景があります。

つまり、品種改良によって作られた桜なのです。その種類を細分化すると数えきれないほどの品種があり、日本の桜は一言では語りきれないことがわかります。

世界中の染井吉野は同じ木!


世界各地に染井吉野(ソメイヨシノ)がありますが、これはすべて同じ木だと言われています。最初は1本の桜の木だったのですが、そこから世界中に広がったのです。

染井吉野(ソメイヨシノ)は交配では作れずすべて接ぎ木や挿し木によって増やされています。なので全ての木は元は1本の木なので、全て同じクローンの木なのです!

現在ではアジアだけではなく、欧米などでも日本の桜の木として染井吉野(ソメイヨシノ)が植えられている地域があります。

その為地域ごとの開花が一斉に


同じ木であるため、地域ごとに一斉に開花するのが特徴で、辺り一面が桜色一色に染まります。その美しさから、日本人の花見の定番として定着しました。気温や天候によって開花に若干差はあるものの、その多くは暖かみを帯びてきた春先に開花します。

接ぎ木で増やす


染井吉野(ソメイヨシノ)はどうやって1本の木から世界中に広まったのでしょうか。その方法としてメジャーなのは接ぎ木で増やす方法です。接ぎ木というのは、簡単に言うと木と木を切断し、そこに違う品種の木を繋ぐ手法です。古くから日本ではこの接ぎ木によって桜の木を増やしていたとも言われています。




江戸時代末期に染井村で誕生


染井吉野(ソメイヨシノ)の始まりは江戸時代末期だと言われています。広まったのは明治初期ですが、江戸時代にはすでに開発されていたわけです。その歴史は古いですが、全国に広まったのは昭和の高度経済成長期なので、実は意外にも新しい桜だと言えるでしょう。

江戸の染井村(現豊島区駒込)の植木職人が作った


どうやって開発したのかというと、江戸の染井村の植木職人が作ったという説が有力です。現在の豊島区駒込に当たる染井村で作られたもので、数々の品種と交配させることで染井吉野(ソメイヨシノ)として完成しました。

当初名前は「吉野桜」


当初の名前は吉野桜と呼ばれており、古来桜の名所として名高かった大和の吉野山に由来しています。現在の奈良県山岳部に広がっていたもので、色味が優しく淡いのが特徴。その桜の名産地の意味を込めて吉野桜と呼ばれたのです。

ただ、吉野山で自生するヤマザクラと異なる品種のため、混同されるのを避けるために染井吉野(ソメイヨシノ)と命名されました。

起源に関しては最近明らかに


染井吉野(ソメイヨシノ)の起源に関しては、最近になって明らかになってきた事実も多いです。諸外国が「こちらが起源だ」と宣言していたのですが、その起源は日本であることがわかっています。

最近まで信じられていた韓国・済州島起源説


昭和初期に植物分類学者で京都帝国大学教授の小泉源一博士が、済州島産の桜の標本に染井吉野(ソメイヨシノ)に似たものを見つけたのがこの説の発端でした。島に自生した染井吉野(ソメイヨシノ)に似た桜はエイシュウザクラと命名され、これが日本に持ち込まれ染井吉野(ソメイヨシノ)となったと推定されました。

韓国では現在でも染井吉野(ソメイヨシノ)の起源が済州島だと信じる人が多いそうです。日本でもその説を信じている人もいるのですが、それは研究によって解明され、今では済州島起源説も否定されることとなりました。

雑種説を交配実験で確認


戦後には桜の研究が盛んになりました。国立遺伝学研究所の竹中要博士は染井吉野(ソメイヨシノ)の起源を調べる為、人工交配によって染井吉野(ソメイヨシノ)を作り出し、その起源を明らかにしました。その結果、エドヒガンとオオシマザクラの雑種という事を判明させ1962年に報告されました。

この時の交配実験によって生み出された染井吉野(ソメイヨシノ)の桜並木は、今では「遺伝研の桜」として静岡県三島では有名な桜の名所となっています。

近年DNA鑑定でクローンである事や起源が明らかに


近年ではDNA鑑定によって染井吉野(ソメイヨシノ)の父と母を鑑定する研究が行われました。これにより、染井吉野(ソメイヨシノ)はオオシマザクラとエドヒガンの雑種であることが証明されました。これにより染井村の植木職人が生み出した桜が染井吉野(ソメイヨシノ)説というのが正しかったことが分かったのです。

これにより、済州島のエイシュウザクラとソメイヨシノは見た目は似ているが、成り立ちが違う別物であることが証明されました。

韓国の桜は王桜と呼ばれる桜が固有種なのですが、実は韓国では染井吉野(ソメイヨシノ)と区別して呼ぶことをしていません。これが韓国済州島起源説にも繋がっています。ただ、これもすでに間違いであることが確定しています。

染井吉野の命名


染井吉野(ソメイヨシノ)の命名は日本のある博士が命名しました。それから全国各地に広まり、花見では定番の桜となっています。

1900年藤野寄命(ふじのよりなが)博士が命名


染井吉野(ソメイヨシノ)という名前は藤野寄命博士が命名したものです。当時は吉野桜と呼ばれていましたが、吉野山のヤマザクラとは異なる桜だとわかったため、混同されることを避けるために染井吉野(ソメイヨシノ)としました。

また、翌年の1901年には松村任三博士が学名としてプルヌス・エドエンシスと命名したことでも知られています。

全国に広まり花見の定番に!


今ではすっかり花見の定番となり、染井吉野(ソメイヨシノ)は花見を愛する日本人にとって心の桜と言っても過言ではないものとなっています。全国に広まってからは、春に一斉に開花する姿を見るため、多くの方が楽しみにしています。

現在花見と言えば染井吉野


日本には多くの桜があるのですが、日本の花見の定番と言えば染井吉野(ソメイヨシノ)で間違いありません。淡い色合いで日本人の奥ゆかしさや慎ましさを見事に表現している桜だと言えるでしょう。

昔の花見はそれぞれの品種の開花を楽しんだ


今では染井吉野(ソメイヨシノ)が定番となっていますが、昔の花見は品種ごとの開花を楽しむ文化でした。現在では一斉に開花して花見シーズンも各地域ごとの見頃は数日間で終わりますが、昔は桜だけではなく梅の花の花見も盛んで、各品種の開花毎に行われていたので春の期間ずっと花見シーズンだったそうです。

品種ごとに開花する時期が違うというのも、風情があって良いですね。

まとめ


日本の桜と言えば染井吉野(ソメイヨシノ)です。日本古来のものだとすでにわかっていることもあり、より愛着を持って花見を楽しむ人が増えました。今後も日本の桜として、世界中で愛される桜になってくれることを祈ります。

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