旧暦で7月を意味する「文月」、その由来には「七夕」が関係している??

7月は、七夕や花火大会など夏を感じるようになる時期ですね。
夏の暑さにうなされることもある7月には「文月」という別名があります。

一見、文章や手紙との関係を想像させる名前ですが、実際に文月という名前にはどのような由来があるとされているのでしょうか?

文月がなぜ7月を意味するのか

 

7月と文月にはどのような関係性があるのでしょうか。

文月は旧暦での7月の名称

「文月」は「ふみづき」もしくは「ふづき」と読み、旧暦で7月を意味する言葉です。
明治時代に現在の暦が採用されましたが、当時の風習が残ったことで7月をあらわす別名として用いられ続けています。

旧暦の文月と現在の7月は同じじゃない?

現在の暦と旧暦の7月、文月があらわしているのは同じ時期ではありません。
それは旧暦と現在の暦、太陽暦とでは月日の数え方が異なることが原因です。

現在の暦の太陽暦では、太陽の動きから一年の暦を算出し、4年に1度閏年を挟むことで太陽の実際の動きと暦のズレを調整しています。

それに対し、旧暦が採用していたのは太陰太陽暦という暦です。
太陰太陽暦とは、月の満ち欠けから暦を作る太陰暦に、太陽の動きも参考にすることで閏月を挟み込むことで季節のズレを調整する暦です。
(閏年は2月の末に1日追加し29日とする仕組みなのに対し、閏月は1月増やされ1年が13ヶ月とする仕組みのことです)

日本の旧暦 太陰太陽暦

通常の太陰暦では1年が約354日と太陽暦に比べると10日ほど少ないので、3年も経てば1ヶ月分も季節がズレてしまうことになります。
それに対し、日本で最後に採用された太陰太陽暦の「天保暦(てんぽうれき)」では1年を約365日と算出していましたので、1年の日数に関しては太陽暦と差はほとんどありませんでした。

なお、実際には現在採用されている太陽暦のグレゴリオ暦が平均日数365.2425日としているのに対し、天保暦は365.2422日なので若干の差はあります。
ちなみに実際の太陽運行は365.2421日とされていることから、旧暦の天保暦のほうが精密ともいわれています)

年明けの時期が違う

日数が同じなのになぜ、時期が変わるのか、それは閏月が入ることもそうですが、年明けの基準が太陰太陽暦と太陽暦では異なるからです。
太陽暦の場合、前年の12月31日の翌日が1月1日で年明けとなりますが、太陰太陽暦は異なります。

太陰太陽暦の年明けは、立春のころの新月の日です。
立春は現在の暦で2月4日となりますので30日ほどズレが生じます。

さらに、月の満ち欠けが重要視され、1日は新月の日とされます。
そうすると、年明けは太陽暦から見ると毎年のように日が変わることになります。

太陰太陽暦では、1月20日頃から2月20日を目安に年明けとなります。
年明けが現在の暦とズレているのですから、もちろん7月もズレており、現在の暦で7月下旬から9月上旬にかけてが文月があらわす時期となります。

文月の意味や由来

 

では、なぜ文月が旧暦の7月の名前となったのでしょうか。

稲穂の形状から名前が付いた?

文月という名前は稲穂の中に米が含まれてくる時期から来たとされています。
そこから「含み月(ふくみづき)」や「穂含み月(ほふくみづき)」となり、、転じて「文月」になったとされています。

七夕を由来とする説

 

かつての七夕では、短冊などに詩や歌を書き笹に飾ることで、字が達筆になるように願う行事が行われていました。
この時の様子から「文を広げる月」の意味で「文被月(ふみひろげづき・ふみひらきづき)」と名前が付けられました。
これが後に短縮されて「文月」になったとされています。

この説が定説ともいわれることもありますが、一方で七夕の行事が始まったのは奈良時代ですから古来からの行事では決してありません。
伝来したのが日本に暦が伝わってきた飛鳥時代よりも後の時代であること。
この二点から、由来とすることに疑問視する声もあります。

他にもある7月の別名

 

旧暦の7月の名称としては「文月」が定番ですが、他の名称で呼ばれることもあります。

初秋(しょしゅう)・秋初月(あきそめつき・あきはづき)・新秋(しんしゅう)

現在の感覚では7月は夏真っ盛りですが、旧暦では7~9月を秋としています。
その事から秋の始まりを意味する別名がいくつか付けられています。

七夕月(たなばたづき)・七夜月(ななよづき)・愛逢月(めであいづき)

七夕の行事はもともと旧暦の7月7日に行われていた行事です。
その事から七夕を由来する名前が別名として付けられています。

「愛逢月(めであいづき)」は七夕とは関係ないように見えますが、この名前も織姫と牽牛(彦星)が年に一度の逢瀬の機会であることから付けられた名前です。

まとめ

文の字は書類や手紙をあらわすのではなく、稲穂の中で米が育っていく様子から付けられたものとされています。
その一方で、和歌を短冊に書いて文字がうまくなるのを願っていた様子から付けられたという説もあります。

他の月でも名前の由来を稲作から来ていることが多いので、たしかに稲穂に中に米が含まれていく様子が由来、というのも納得できます。
しかし、風流さを感じるのは圧倒的に七夕由来なので、ついこちらを支持したくなりますよね。

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