サッカーの発祥は中国!?イギリスではないその理由を解説 | FUNDO サッカーの発祥は中国!?イギリスではないその理由を解説 – FUNDO

サッカーの発祥は中国!?イギリスではないその理由を解説

2020.3.20


みなさんは、サッカーがどの国で始まったのかご存知でしょうか?イメージとしてはイギリスやブラジルなどサッカー強豪国のように思いますよね。

しかし、なんと!サッカーの国際競技連盟であるFIFAによると、起源は中国だとされているそうです。

ただし、このFIFAの見解には反対意見や、別の起源が唱えられることもあります。そこで、ここではサッカーの起源について詳しくご紹介します。

近代サッカーのはじまりはロンドンから!


サッカーが現在のように明確なルールが設けられるようになったのは、160年ほど前のことです。

昔から球を蹴るという遊びは各地で行われていたものの、明確な共通ルールやサッカーの協会が発足した現代サッカーの幕開けは1860年代のロンドンでのことです。

現代サッカーのはじまりは1863年


現代サッカーには200年近い歴史があり、その起源は1863年にロンドンで設立されたフットボール・アソシエーションの設立にあるとされています。

それまでは、フィールドの広さやゲームのルールもそれぞれの学校やクラブで決まっていただけで、実際に明確なものはありませんでした。

“これではいけない”とその中から共通ルールが作られ、共にイギリスの国内競技連盟「フットボール・アソシエーション」が設立されたのは1863年のことでした。

ハンドの是非をめぐって論争された結果生まれたのが「ラグビー」


サッカーで現在禁止されている、ハンドのルールの是非をめぐって生まれたのがラグビーだと言われています。

実はフットボール・アソシエーションが発足する以前、ボールを手で扱うことが一部地域ではルール上認められていました。

1823年、イギリスの中等教育学校にあたるパブリックスクールの1つで、フットボールの試合中にボールを手に持って走りゴールを目指したことが記録されています。これがラグビーの起源だとされています。

ボールを持ったままゴールを目指す、いわゆる「ランニングイン」はその後、1840年代には一部の地域では定着したそうです。しかし、このランニングインは「フットボール・アソシエーション」設立の際に制定されたルールでは禁止の方向で話がすすめられました。

これに納得できなかったフットボールクラブの一部がフットボール・アソシエーションに脱退し、1871年にロンドンで「ラグビーフットボール連合」を設立しました。

ランニングインが許され、楕円形のボールを巡ってフットボールをする「ラグビーフットボール」はこうして生まれたといわれています。



サッカーの起源はイギリスから遠く離れた中国?!


中国伝統の球蹴り遊びの1つに「蹴鞠(しゅくきく)」というものがあります。

FIFAによると、この中国の蹴鞠こそがサッカーの起源なのだとか。しかし、イギリスなどはこれを認めず、むしろ批判する意見が多いです。

サッカーの起源は古代中国で行われた蹴鞠?


サッカーの起源は古代中国から始まったと言われています。中国では紀元前300年以上前、斉の時代から「蹴鞠」という球蹴り競技を行っており、それを軍事訓練などにも用いていたそうです。

この蹴鞠は球を蹴るだけの遊びとしてはじまりましたが、漢の時代にはチーム対抗で球を奪い合い、ゴールに相当する「球門」に入れた数を競う競技として確立しました。

さらに時代は下り、唐の時代になるとルールが多様化し、球門が両チームの間に設置されたり、競技場の真ん中に設置されたりするようになりました。

なお、この時代の鞠は動物の膀胱に空気を入れたものへと変化していき、現在のサッカーボールの原型のようなものとなったそうです。

ただ、より時代が進むと状況は逆行し、栄の時代には1人もしくは集団で球を蹴り、それを落とさないようにする技として広まっていきました。明や清の時代には蹴鞠に熱中する人が急増したため禁止令が発令され、中国から姿を消したと言われています。

日本でも流行った蹴鞠


蹴鞠は日本にも600年代に伝来、貴族を中心に流行りました。達人として「藤原成通(ふじわらのなりみち)」という人物がおり、彼は「蹴聖」と呼ばれるほどの実力者だったのだとか。

また、戦国武将だった今川義元の子である「今川氏真(いまがわうじざね)」は、今川家を滅亡させるも自身は生き延び、蹴鞠の達人としても知られるようになりました。その腕前は父親を討った織田信長も観覧を望むほどだったとか。

なんで中国の蹴鞠がサッカーの起源に?


古代中国で行われていた蹴鞠は球を蹴って遊ぶものだと認識されていますが、時代によっては現代サッカーに共通しているルールなども多かったと考えられています。

1チーム12人でやっていた時代やゴールを設けて点数を競っていた時代など、中国にはサッカーの起源と呼べる歴史が事実として残っているのです。

それらのことから中国の蹴鞠がサッカーの起源なのではないかと言われています。

他にもいわれているサッカーの起源


サッカーの起源に関しては中国だとFIFAから認定されていますが、他の国では「我が国こそがサッカーの起源だ」と主張するところもあります。

ここではその代表格と言われるイングランドとイタリアの説についてご紹介します。

起源は8世紀のイングランドにある?


イングランドではかつて、戦争に勝利した際に敵国の将軍の首を落とし、それを蹴って祝ったそうです。

非常に野蛮な行為ということもあって批判もありそうですが、将軍の首がボールに変わっていき現在に伝わるといわれています。

また、王妃が将軍の首に見立てたボールを城から投げ、大衆が隣町のゴールまで蹴って競い合ったという話もあります。こちらも現代サッカーに近い要素があると言えるでしょう。

これはモッブゲームという祭りとして広く認知されるようになり、現代サッカーへと発展していったとされています。

イタリアのカルチョが起源?


イタリアではかつてお金をかけて宮廷の門でボールを蹴り合う遊びを行っていました。それはカルチョと呼ばれ、市民に広く知れ渡るようになっていったのです。

これはもともと球を取り合うために戦う格闘技のような要素が含まれていたものでしたが、徐々にルールが制定されてスポーツとして確立されていったと言われています。

世界中でボールを蹴る競技は行われていた


実際にサッカーの起源は中国の蹴鞠だと言われていますが、世界中でボールを蹴る競技は行われていました。

1つの判断指標となるものがあるとすれば、それは現代サッカーといかに共通点があるかどうかだと言えます。単なる球蹴りではなく、スポーツとしてのサッカーに近い要素はあるのかどうか、それが重要ですね。

まとめ


サッカーは世界中で愛されているスポーツで、現代では知らない人がいないほどメジャーな競技となっています。

その起源は明確な証拠などはないものの、サッカーの競技連盟であるFIFAが、公式に中国の蹴鞠だと認めているのも事実です。

一方で、現在私たちが楽しんでいる”現代サッカー”のはじまりは、どうやら1860年代のイギリスにあるようです。
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