湯川秀樹博士の生々しい研究活動の記録を閲覧することが可能に!ホームページで初公開


湯川秀樹博士が大阪帝国大学助教授であった1938年の自筆の研究室日記「湯川研究室理論コロキウム記録」が、ホームページ上で初めて公開されて話題となっています!

のちのノーベル賞研究者が、どんな記録を残しているのか興味がある方も多いと思います。今回の公開は、大阪大学総合学術博物館湯川記念室と京都大学基礎物理学研究所湯川記念館史料室の連携により実現したそうです。


1949年、日本で最初のノーベル賞を受賞

湯川博士は1933年に大阪帝国大学理学部講師(兼任)、翌1934年には専任講師となり、1936年から1939年5月まで大阪帝国大学理学部助教授を務めました。この間、湯川博士は素粒子物理学の研究に従事し、中間子論を発展させました。

特に1934年11月中間子論第1論文を発表し、この研究成果により、1949年に日本で最初のノーベル賞を受賞しました。


湯川研究室理論コロキウム記録

こちらが今回公開された「湯川研究室理論コロキウム記録」の表紙。湯川博士の直筆で、「理論物理学 研究室記録(京大)」、「理論コロキウム 記録(阪大) 1938-1939 Ⅰ」と記載されています。


こちらが第15回理論コロキウムの記録の1ページ目。167号室にて6月18日午後1時30分より開催、集会者6人、武谷三男氏がFrohlich達の論文を紹介したと記載されています。


日本で最初のノーベル賞を受賞された湯川博士の筆跡。



今回公開されたのは、京都大学基礎物理学研究所湯川記念館史料室に保存されている研究室日記のシリーズ15冊から、第1冊(s04-19-01)の前半部分ですが、ほかの部分も今年の秋以降に同ホームページにて公開予定とのことです。


大阪大学総合学術博物館湯川記念室ホームページ
京都大学基礎物理学研究所湯川記念館史料室ホームページ


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出典:prtimes / wikipedia / yukawa.phys.sci.osaka-u.ac

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