仙台に観光しに行くと、街中の店舗でニコニコ笑った人物をかたどった不思議な像や写真、もしくはイラストを見かけます。
これは仙台に実在し、今もなお愛されている福の神「仙台四郎」の像やその写真の複製やイラストです。
仙台で福の神とされ、現在も信仰されている仙台四郎とはいったいどのような人物なのでしょうか!?
目次
仙台四郎という人物
仙台四郎、本名は芳賀豊孝
まず仙台四郎というのはその人物の本名ではありません。彼は言い伝えでは本名を芳賀豊孝とされています。江戸時代の終わり、1854(安政元)年頃の生まれとされています。
仙台四郎は伊達家に代々使える鉄砲鍛冶屋の四男として生まれ、裕福な家族のもとで過ごしました。知的障がいを持っていたと考えられていた仙台四郎ですが、愛嬌のある顔立ちといつもニコニコ笑っている姿から街の人から好かれていました。
生きながら神格化された仙台四郎
仙台四郎は気ままに散歩をするのを好んでいましたが、不思議なことに彼が立ち寄る店は繁盛店になるようになったので、様々な店で「福の神」として招待されるようになりました。しかし、どれだけ誘われても気に入らない店には決して足を向けませんでした。仙台四郎が誘われても行かなかった店の中には倒産することになった場所もあったそうです。
福の神として愛され、当時からマスコミなどに取り上げられていた仙台四郎ですが、その最後はよくわかっていません。気ままに行動していた仙台四郎は汽車や自転車を使って石巻や白石といった仙台近郊から山形県や福島にも足を伸ばすこともしばしばありました。
最後もまた遠出をした際に行方不明になったものとされています。1902(明治35)年、48歳頃に福島県の須賀川で亡くなったともいわれていますが、はっきりした最後は現在もなお不明です。また消息不明になったあとに韓国の釜山を漫遊中という記事が出たり、昭和まで生きていたとも、気の向くままユーラシア大陸まで足を伸ばし、その地で亡くなったとも言われています。
福の神・仙台四郎
1885(明治18)年頃に撮られた仙台四郎の写真を撮影した仙台市内にある写真館、千葉写真館が焼き増しした写真を『明治福ノ神』として売出しはじめました。この頃には仙台四郎と呼ばれるようになっていたそうです。
30歳ごろに撮られたこの写真は、笑顔を浮かべた仙台四郎が膝を丸出しにした縞模様の着物を着ている姿が印象的です。販売されるようになって100年以上経ちますが、この焼き増し写真やそれを元にしたイラストなどが現在も仙台市のいたる所で見受けられます。
また、仙台四郎が子供好きだったことから子供がいる家庭に仙台四郎の置物やグッズが置かれていることもあるようです。
現在はキャラクター化され愛されている仙台四郎
仙台四郎はなにも福の神としての効果だけで信仰されているわけではありません。
招き猫のように商売繁盛を願って据えられる人形の置物を市内の様々な店舗のレジ横で見かけることはもちろんありますが、クリスマスにはサンタ姿の仙台四郎があらわれるなど、キャラクター化されて現在も愛されています。
仙台初売りのイメージキャラクター
仙台を象徴する行事の一つ「仙台初売り」のイメージキャラクターにも仙台四郎は起用されています。
仙臺驛四郎(せんだいえきしろう)
2016年から仙台駅に設置されたJRの制服に身を包んだ仙台四郎が「仙臺驛四郎」です。仙台駅の利用客の安全を祈り、微笑みとともに人々を見守るように設置されています。
仙台五郎・六郎
仙台四郎をパロディにしたキャラクターが登場するのが、2011年の東日本大震災の後に笑いで日本を元気にする!!をスローガンに始まった「東北魂TV」です。コントシリーズ「商売繁盛」の中にサンドウィッチマンの富澤たけしと狩野英孝が仙台四郎をパロディにした仙台五郎・六郎というキャラクターに扮して登場します。
まとめ
仙台四郎は実在の人物ながら仙台ローカルの福の神として100年以上信仰されるとともに愛されている人物です。特に年末に仙台を訪れるとアーケード街の至るところで仙台四郎のイラストが入った仙台初売りのポスターなどを見かけるので、見慣れない観光客は驚くかもしれません。
仙台のアーケード街の1つクリスロードにある三瀧山不動院では、仙台四郎のグッズの取り扱いがありますので、珍しい仙台みやげとしてもいいのかもしれませんね。
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出典:Wikipedia(仙台四郎)