絶世の美女?独裁者?ネフェルティティってどんな人?

2019.11.23

エジプトの景色
皆さんは、絶世の美女「ネフェルティティ」をご存知ですか?

エジプトでは知らない人はいないといわれるほど有名な、歴史に残る美女と語り継がれていますが、その反面独裁者とも言い伝えられている伝説的な女性でもあるそうです。今回は、エジプトの絶世の美女ネフェルティティについて詳しく解説します!



ネフェルティティとは

ネフェルティティの胸像 出典:Wikipedia

まずはネフェルティティについて、基礎知識を解説します。

古代エジプトの王妃


ネフェルティティはエジプト第18王朝の王様だったアクエンアテンの王妃だったとされる女性です。彼女の名前には「美しい者」という意味があり、エジプトの人々の間では伝説の美女としてよく知られています。

両親は不明


ネフェルティティの出自は不明とされており、両親も誰であったのか正確にはわかっていません。後にエジプト王となった大神官のアイという人物とその妻テイの間に生まれた娘とする説が有力ですが、推測の域を脱しません。

胸像が有名


ネフェルティティの姿は胸像として後世に伝えられています。石灰岩の素体に漆喰で肉付けされた美しい胸像は、現在ベルリンのエジプト美術館に保存されていますが、エジプトからの返還要求によって国際裁判中です。




エジプトでは美女の代名詞

クレオパトラのイラスト
ネフェルティティはエジプトでは美女の代名詞とされています。

クレオパトラとも並ぶ美女


古代エジプトの美女といえば、世界的に知られているのはプトレマイオス朝の女王クレオパトラ。でも実はクレオパトラに並び、第19王朝の大王の王妃ネフェルタリ、そしてネフェルティティが「古代エジプトの3大美女」としてエジプトではよく知られているんです。

絶世の美女ではなかった?


そんな絶世の美女のネフェルティティですが、実は実際にはそんなに美人ではなかったかもしれないという説も浮上しているんです。

近年、エジプト学者アイデン・ドッドソン博士によるネフェルティティのミイラの3Dスキャンによって、実際のネフェルティティは胸像の顔とは全く違う顔立ちだったことが判明したんです。

また、2010年にはあの有名な胸像をまた別の歴史学者がCTスキャンし、元々の胸像は鼻が曲がり目の周りにシワのある女性の像だったことが発覚しています。そのため、現在の胸像はもとの胸像を後に美女に仕立て直して製作されたものなのではないかとされているんです。

ツタンカーメンとの関係

ツタンカーメンのイラスト
ネフェルティティはあの有名な古代エジプトの王・ツタンカーメンとも関係が深いのだそうです。

ネフェルティティはツタンカーメンの義母!


ネフェルティティは、実はツタンカーメンの義理の母親。何を隠そう、ツタンカーメンの奥さんはネフェルティティの娘に当たるアンケセナーメンという女性だったんです。

アンケセナーメンって誰?ツタンカーメン王の妻であり実父の妻でもあった!? – FUNDO

ネフェルティティは当時実際に女王として強大な権力を握り、古代エジプトでも栄華を極めた一時代を統治したファラオでもあったそうです。一説には強大な独裁者だったともされていますが、その時代の多くの歴史上の女性と同じく、彼女の残した功績ははっきりとしていないそうです。

【まとめ】エジプトの絶世の美女・ネフェルティティの正体は?

スフィンクスがいる景色
謎めいた女王、ネフェルティティ。美女だったという説やそうでもなかったという説など色々な噂や学説がありますが、事実がはっきりしないからこそミステリアスで魅力的なのかもしれません。

そのミステリアスさが、エジプトの人々の心を掴んで離さないのかもしれませんね!

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出典:Wikipedia(ネフェルティティ)

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