元気がなくなってしまった事を意味する「青菜に塩」、使い方に注意点が実はあります!

急に元気がなくなってしまうことを「青菜に塩」と言います。
これは文字通り、青菜に塩を振りかけるとしおれてしまうことが由来で、そこからしょげている人にも使われるようになりました。

しかし、「青菜に塩」は元気のない人なら無条件に当てはまるわけではありません。
ここでは「青菜に塩」の意味から、該当しない場合などについて解説していきます。

「青菜に塩」とは

「青菜に塩」とは、どういう状況を指す言葉なのか。
まずは意味や由来について見ていきましょう!

「青菜に塩」の意味

「青菜に塩」は、人が元気なくしょげている様子、またすっかり生気をなくしてぐったりしている様子などを指す言葉です。

人が何かに打ちひしがれてうなだれている状態を意味しています。
単に急にしょんぼりしてしまった人を指して「青菜に塩」と表現することも多いです。

「青菜に塩」の由来

では「青菜に塩」とはどういうところから生まれた言葉なのでしょう?

「青菜」は色の濃い青々とした野菜のことを指しています。
特にほうれん草や小松菜など色の濃い青物を青菜のこと。
「塩」は文字通り調味料の塩のことを意味しています。

「青菜に塩」はそんな青菜に塩を振りかけることで水分が抜け、しおれてしまうことからそう表現されるようになったとされています。
どんなに新鮮でみずみずしい青菜でも、塩をかければしおれてしまうところが、語源となっているのです。

「青菜に塩」の使い方の注意点

「青菜に塩」は元気のない人を指す際に使われる言葉ですが、実はこの言葉を用いるためには条件があります。

体の調子だけ悪くなった人には使わない

「青菜に塩」は、基本的に体の調子だけ悪くなった人には使いません。
身体的な不調だけではなく精神的な不調が合わさった際に用いられるのです。

そのため、食べ過ぎた、急にお腹が痛くなってきたという人をあらわすのに「青菜に塩」は用いません。
また、病気になることなども指すことはありません。

もともと元気がない人には用いない

また「青菜に塩」はもともと元気がない人を表現するというより、元気があった人が元気を失ってしまった場合などを表す際に用いられます。
「青菜に塩」とは何かトラブルに巻き込まれたりミスがあったり、何かがきっかけで生気を失ってしまった状況を意味する言葉なのです。

「青菜に塩」の類義語

「青菜に塩」は「青菜をお湯につけたよう」とも表現します。
その他、類義語と呼ばれるものもあるので併せて覚えておきましょう。

蛞蝓に塩

「蛞蝓に塩」とは、不得手なものに対してすっかり萎縮して元気を失うことの例えです。

自分が得意ではないものと対峙したとき、しょんぼりとしてしまうことを指して「蛞蝓に塩」という表現を用いることがあります。
これらの意味はほとんど「青菜に塩」と同じですね。

その由来は、ナメクジに塩を浴びせると浸透圧の関係で脱水して死んでしまうことが語源となっています。

ナメクジは体のほとんどが水分で構成されているため、塩をかけると死んでしまいます。
そこから「蛞蝓に塩」は人間でも塩をかけたナメクジのように萎縮してしまっている状態のことを指すようになったそうです。

特に「蛞蝓に塩」の場合は苦手なものを前にして縮み上がるという意味があるため、臆しているような様子を指す場面で用いられることもありますね。

幽霊の浜風

「幽霊の浜風」とは、海辺の強い風にあおられた幽霊のように、しょんぼりとして迫力のない様子の例えです。
海辺にいる幽霊が強い浜風にあらがえず、吹き飛ばされそうになっている様子から生まれたとされます。

この言葉もまた、「青菜に塩」と同じような意味となります。

まとめ

「青菜に塩」は、元気があった人が何かをきっかけに元気を失ってしまうような様子を例えた言葉です。

もともと元気がない人、体の不調を患った人に使われる言葉ではありません。
心の不調もセットとなり、突然元気を失ったことを表現する言葉となっています。

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