
甘やかすのではなく厳しくすることも大切だということを説いた言葉、それが「かわいい子には旅をさせよ」です。
古くから、子供が大切なので大事にしたいという気持ちと成長してもらいたいので様々なことを経験して欲しいという親心があるというのがわかる言葉です。
ここでは、この「かわいい子には旅をさせよ」という言葉について、その意味や類義語について見ていきましょう。
目次
「かわいい子には旅をさせよ」とは

まずは「かわいい子には旅をさせよ」という言葉について、その意味や成り立ちについて見ていきましょう。
「かわいい子には旅をさせよ」の意味
「かわいい子には旅をさせよ」とは、成鳥には厳しい経験も必要なので、甘やかさないで辛い体験をさせることも大切であるという意味です。
文字通り、子供がかわいいからと甘やかすのではなく、旅をさせるような苦労をさせることで世の中の厳しさを体験させるべきだという趣旨が込められています。
「かわいい子には旅をさせよ」の成り立ち
昔は「旅=困難なことが待ち受けているもの」という認識でした。
今のように交通機関もなく、全国を徒歩で行脚するのが普通だったこともその理由のひとつです。
そこから、旅をすることで厳しい体験をすればするほど、人間として成長できると考えられていたのです。
「かわいい子には旅をさせよ」という言葉は、何かを学ばせるために旅をさせるべきという教訓として広まったと考えられます。
「かわいい子には旅をさせよ」の用い方

ここからは、「かわいい子には旅をさせよ」の使い方について見ていきましょう。
教育の場面で使われる
「かわいい子には旅をさせよ」は、教育面の言葉として用いられます。
「かわいい子には旅をさせよ」という言葉には、人間は苦しい思いをしてこそ成長できるというニュアンスが含まれます。
そのため、子供の成長を促す機会や教育方針のひとつとしても使用されます。
強く立派に自立してほしいという親心も込められて用いられることが多いです。
「かわいい子には旅をさせよ」の類義語

ここからは「かわいい子には旅をさせよ」の類義語を見てみましょう。
「獅子の子落とし」「いとしき子には杖で教えよ」「親の甘いは子に毒薬」などがあげられます。
獅子の子落とし
「獅子の子落とし」は、自分の子に苦難の道を歩ませ、器量を試すことの例えです。
その昔、獅子は自分の子供を深い谷に投げ落とし、よじ登って来た強い子供だけを育てるという言い伝えがありました。
この言い伝えから生まれた言葉とされています。
この「獅子の子落とし」は、我が子に試練を与えて試すというニュアンスが強く含まれています。
いとしき子には杖で教えよ
「いとしき子には杖で教えよ」とは、我が子が愛しいならば、甘やかすよりも苦労をさせた方がその子供のためになるという意味です。
我が子のことを思うならば、世の中の大変さを体験させた方が将来その子供のためになるという教訓でもあります。
親の甘いは子に毒薬
「親の甘いは子に毒薬」は、親が子供を甘やかして育ててもその子のためにならず、かえって将来毒となることの例えです。
「親の甘茶が毒となる」という別表現がされることもあります。
まとめ
「かわいい子には旅をさせよ」は、かわいい子供こそ、甘やかすのではなく厳しい経験を積ませることで成長を促すべきだという意味の言葉です。
昔は旅が大変なものだったこともあり、「かわいい子には旅をさせよ」と表現がされるようになったとされています。
「獅子の子落とし」「いとしき子には杖で教えよ」「親の甘いは子に毒薬」といった言葉は、「かわいい子には旅をさせよ」似たニュアンスの言葉となっています。