「国民と困難を分かち合いたい」天皇陛下のお人柄を感じるエピソード【7選】

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常に国民に寄り添い、国民が困難に陥った際には駆けつけ、温かい言葉をかけてくださる天皇皇后両陛下。そのお人柄が感じられるエピソードをいくつかご紹介します。

1.被災者の方々が履いておられないなら、私も履きません

東北の被災地訪問の際、避難所でスリッパを勧められるも「被災者の方々が履いておられないなら、私も履きません」と靴下のままで被災者の元へ行かれ、被災者の声に耳をかたむけました。

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2.床に膝をつき被災者を見舞われたのは、歴代天皇初

1991年 長崎・雲仙普賢岳噴火の際、天皇陛下は床に膝をつき被災者を見舞われました。このスタイルは今上天皇が皇太子時代に始めたことであり、それまでは天皇陛下が国民の前で膝を曲げることはありませんでした。このスタイルはその後も受け継がれ、、皇后陛下をはじめ皇族も被災地訪問の際には膝をついて被災者と向き合われています。

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3.阪神・淡路大震災で被災者を激励

未曾有の大地震発生から2週間後に現地入り。天皇陛下は、スリッパも履かず避難所の冷たい床に正座して被災者の話に耳をかたむけました。「今は苦しいかもしれないが、いつかきっと幸福が訪れます。それまで地震なんかに負けず頑張りなさい」と被災者を励まされました。この姿は日本のみならず、日本国外の新聞にも大きく取り上げられて大きな反響を呼びました。

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4.天皇陛下のご意向で、障害者福祉が大きく前進

1964年に開催された東京オリンピック。その後に行われたパラリンピックでは、当時皇太子だった天皇陛下が名誉総裁を務められました。その際のスピーチにて「このような大会を、国内でも毎年行なってもらいたいと思います」と述べられました。

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この時の言葉がきっかけとなり、1965年より国体に併せて身障者スポーツ大会が開催されるようになりました。日本身体障害者団体連合会会長の小川榮一氏は、「両陛下のおかげで障害者福祉が大きく前進したといっても過言ではありません」と話しているそうです。


5.東日本大震災時、自主停電を行われる

東日本大震災時、戦後以来初の計画停電が実施されました。皇居がある千代田区は、東日本大震災に伴う計画停電の対象外地域でしたが、「国民と困難を分かち合いたい」とする天皇陛下のご意向により、皇居は停電時間に合わせて電源を落としました。さらに、計画停電の期間が終わった後も自主的な停電をしばらく続けられたといいます。

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6.時代の流れに柔軟に対応される姿勢

2001年9月11日、アメリカで前代未聞の同時多発テロが発生。その際、天皇陛下はブッシュ大統領に見舞いの言葉を贈られています。天皇陛下が、天災以外の理由で外国にお見舞いの言葉を贈られたのは前例のないことでした。それについて、「皇室は前例を重んじなければなりませんが、その前例の中には前例がないにも関わらずなされたものもあります。皇室も伝統を重んじつつ、時代の流れに柔軟に対応しなければならないと思います」と述べられました。


7.東日本大震災時、あの「玉音放送」以来の直接放送

2011年3月16日、東日本大震災の発生において、国民および被災者に対して宮内庁を通じ、ビデオメッセージを放送されました。これは、昭和天皇による1945年8月15日の玉音放送以来の直接放送となりました。

国民一人ひとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。


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「国民と困難を分かち合いたい」


被災地に幾度となく足を運ばれ、国民に優しく寄り添われているお姿を見ていると胸が熱くなります。


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