北海道土産でおなじみの「木彫りの熊」は戦略的に生まれた!?気になる歴史を紹介!

北海道土産の定番の1つでもある「木彫りの熊」。かつては観光地タペストリーや提灯などと並んで、各家庭に1つはあった定番アイテムの1つです。

木彫りの熊という名前ではなく、木彫熊もしくは熊彫と呼ぶ人もいます。

ただ、この木彫りの熊の歴史というのはあまり知られていません。そこで、だれがこの木彫りの熊製作をはじめたのか、そしてどこで始まったのか、木彫りの熊のルーツを探ります。

八雲町での木彫りの熊の始まり

木彫りの熊の発祥の地と呼ばれるのは北海道の中でも2ヶ所あります。ひとつは北海道の南西部「渡島半島」にある八雲町です。
 
この八雲町で木彫りの熊が作られるようになるのには、街のはじまりについてご紹介する必要があります。

八雲町のはじまり

八雲町は最初、1878(明治11)年に、かつて尾張徳川家の藩主だった「徳川慶勝(とくがわよしかつ)」が、旧藩士の生計を確保するために北海道の開拓地として明治政府から払い下げられた土地です。

最初は「徳川家開墾試験場」の名前でこの地域の開墾が進められ、1881(明治14)年には八雲村として独立、神社や病院も設立され次第に大きく成長していきました。

その後、徳川慶勝の孫、「徳川義親(とくがわよしちか)」の時代になると八雲町の開墾した土地は移住者に無償で譲渡されます。

この点だけ見ても住民にとっては非常にありがたい話ですが、徳川義親はさらに八雲町が更に潤うように献策します。それが木彫りの熊の作成と販売です。

八雲町での「木彫りの熊」のはじまり

「木彫りの熊」、このアイディアは徳川義親が1921(大正10)年から1年かけてヨーロッパを旅した際、スイスで思い付いたものです。

スイスのベルンは熊と密接な関係のある街です。ベルンという名前も熊から来ていますし、ベルン州のマークにも熊が描かれているほどです。

このベルンでは街の至る所で木彫りの熊を購入することができました。このベルンという街では、農民が農閑期に収入を得るための副業として熊の木彫り彫刻を行っていました。

この街で木彫りの熊を住民が思い思いに作成している事を知った徳川義親は、八雲町を日本のベルンのようになれば経済が潤うだけでなく、文化・美術面でも発達するのではないかと考えたようです。

実際、日本に戻った徳川義親は八雲町の住民に、木彫りの熊の作成を提案し、その際、作品の出来不出来にかかわらず自分が買い上げることを約束しています。

最初はできの悪い作品が多かったようですが、住民も次第に腕前をあげていき、木彫りの熊の職人も出てくるなど、民芸品として認められるまで成長したのですから徳川義親の予想したとおり、と言えるのかもしれません。

このように徳川義親が持ち帰ったスイス・ベルンの木彫りの熊から八雲町の木彫りの熊は生まれました。

旭川での木彫りの熊の始まり

木彫りの熊のはじまりは八雲町だけではありません。ほぼ同時期に偶然違う場所でも木彫りの熊の作成が始まっています。

それは1926(昭和元)年のことです。北海道の中央部、旭川のアイヌ「松井梅太郎」が木彫りの熊像を作成しました。

アイヌの男性はたしなみとして彫刻の腕前を磨いており、伝統的に木彫り彫刻の腕前が高かったといわれています。

アイヌの中では熊は最高位に属する神とされていました。そのため、アイヌの中では熊はもちろん生き物を模した像を作るのはタブーとされていました。

しかし、旭川は比較的早くから観光客などが訪れていたため、古くからの慣習にとらわれない新しいものへの取り組みが行われていました。だからこそ、本来彫ってはならないはずの熊の像が生まれたのかもしれません。

ちなみに、八雲町での木彫りの熊作成から5年ほど経っていることから、この影響を受けているという説もありますし、影響を受けていないという説もあります。

お土産の定番とされた木彫りの熊

最近では見ることも減りましたが、かつてはどの家庭にも木彫りの熊の像は置いてありました。玄関だったり応接間だったり居間だったり、家庭によって様々な場所に置かれていたものです。

かつては北海道みやげの定番だった

八雲町と旭川、2つの街でそれぞれはじまった「木彫りの熊」は何度かのブームがありました。

最初のブームは、1935(昭和10)年頃、彫刻としての出来が良くなったことでお土産として購入される機会が増えたそうです。

2度目のブームは戦後、昭和30年代のことです。観光地として北海道が人気が出るようになったことで、木彫りの熊がお土産として人気を博しました。

そして3度目、最大のピークとなったのが、バブル期に起きた北海道観光ブームです。この時は、街によっては年間20億円ほど木彫りの熊で売上を上げていたこともあったといわれています。

木彫りの熊、現在の状況

バブル期にピークを迎えた「木彫りの熊」ブームですが、現在では職人の数を減らしています。かつては北海道に1,000人を超える職人がいたそうですが、現在ではその数を大きく減らしているそうです。

まとめ

スイスのベルンを見本に、八雲町ではじまった木彫り熊と、アイヌの伝統彫刻の発展形としてはじまった木彫りの熊。偶然にも同時期に始まったこの2つの工芸品は北海道土産の定番として一時は普及しました。

現在ではお菓子などのほうがお土産として好まれる傾向が強いため木彫りの熊はお土産として人気は高くありませんが、せっかく100年も続く北海道ならではの伝統工芸ですので、また人気が復活してほしいものですね!

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