精いっぱいを意味する「関の山」、その語源は豪華さではなく大きさから?

「関の山」は、一生懸命やってできる限度のことを意味する言葉です。
それ以上やっても無理なことや不可能なことを指す際に用いられます。
この「関の山」の語源は、関宿の豪華な山車にあるとされているのですが、山車の大きさが由来となっているという説もあります。

ここでは、「関の山」の意味や類義語の解説と、その語源や由来についても併せてご紹介します。

「関の山」とは

まずは「関の山」がどういう言葉なのか、類義語と併せて解説します。

「関の山」の意味

「関の山」とは一生懸命やってできる可能な限度のことです。
どれだけ頑張ってうまくいってもせいぜいこのくらいという皮肉を込めた意味もあります。
それ以上は無理不可能というギリギリの地点をあらわす言葉でもあります。

この言葉は諦めの意味合いが含まれており、蔑む際に用いられることもあります。
そのため、無暗に口にするのは避けたい言葉です。

類義語は「高が知れる」

「関の山」の類義語は「高が知れる」です。
「高が知れる」は物事の程度がわかるという意味があります。

せいぜい頑張ったところでいきつくところは知れているという意味があります。
そのため、特に大したことはないというようなニュアンスが含まれます。
この言葉も、あまり良い意味で用いられることはありません。

「関の山」の語源

そんな「関の山」はどこに語源があるのか。
ここからは、言葉の由来についてご紹介します。

山とは「山車」のこと

そもそも「関の山」とは何を指しているのでしょうか?
これは、「関」と「山」に分けて考えるとわかりやすいです。

まず「関」ですが、これは三重県にあった関町(現在の亀山市)の中心地関宿のことです。
そして「山」は、地形としての山ではなく、山車を意味します。

つまり「関の山」とは関宿の山車のことなのです。
関山という山を指しているわけではないので注意してくださいね。

一般的に伝わる語源

では、なぜ関宿の山車が「関の山」の語源となったのか。
それは、この地で催されている祭が関係しています。

江戸時代からこの関宿で催される夏祭りでは、街道沿いを山車が練り歩きます。
この時出される山車が豪華なことから、「それ以上贅沢な山車は作れないだろう」と言われたとされます。
この豪華な山車から、それ以上は難しい精一杯の限界のことを「関の山」と表現するようになったのだとか。

そこから、精一杯のことを意味する言葉として「関の山」が一般にも定着したとされています。

町並みと「山車」との関係が語源に?

しかし、関宿の町と山車の関係から、他にも由来とする説があります。

関宿は東海道の宿場町です。
旧来の東海道は現在の国道などのように太い道路ではありません。
現在では車がすれ違うのも大変な細い道路です。

そのため、祭りに際して山車が街道沿いに練り歩こうとすると、道を山車が塞いでしまいます。
この様子から、これ以上通れないという様子を指して「関の山」という言葉が生まれたともされています。

豪華で立派な山車なのではなく、街道に対して山車が限界の大きさをしているから生まれたという事ですね。

豪華で派手な山車で有名な祭りは他にも!

日本には他にも豪華で派手な山車を用いた祭りがあります。
ここでは、前述した祇園祭とねぶた祭りについて解説します。

祇園祭

祇園祭は言わずと知れた京都市東山区の八坂神社で毎年7月に開催されている祭りです。

京都市で夏の風物詩のひとつとされる祭りです。
毎年5月~6月になると祭りの準備が始まり、山車はとても豪華で派手なものが作られます。

この祇園祭は、明治までは「祇園御霊会」と呼ばれており、その歴史は約9世紀にまでさかのぼるとされます。

ちなみに、新選組がその名を馳せた池田屋事件はちょうど祇園祭の頃だったのだとか。

ねぶた祭り

ねぶた祭りは東北から北関東にかけて行われている祭りです。
特に青森県青森市で毎年8月2日~7日に開催される「青森ねぶた」毎年8月1日~7日に催される「弘前ねぷたまつり」が有名ですね。
「青森ねぶた」は、1980年に国の重要無形民俗文化財として登録されています。

両方のお祭りで、迫力満点の山灯篭を使われます。
毎年趣向を凝らした巨大な山車が作られるのが特徴です。

芸術とも呼べるほどの山車を見るためだけに、毎年多くの方が国内外から訪れています。
「青森ねぶた」は例年約200万人以上、「弘前ねぷたまつり」は160万人以上が訪れるのだとか。

まとめ

「関の山」には、精一杯という意味があります。
良い意味であまり使われず、皮肉や諦めのニュアンスで使われることの多いです。

言葉の由来は、東海道の宿場町のひとつ「関宿」にあるといいます。
この地では、江戸時代から夏祭りに際して山車が街道沿いを練り歩きます。
この「関」宿の「山」車から、関の山となりました。

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