「油を売る」という言葉は、サボることを意味します。
この言葉が生まれた背景には、昔の商人の営業スタイルが関係しています。
そこでここでは、「油を売る」の意味や類義語をご紹介します。
併せて「油を売る」がなぜサボるという意味で使われるようになったのかも見ていきましょう。
目次
「油を売る」とは
まずは「油を売る」が持つ意味と類義語について見ていきましょう。
「油を売る」の意味
「油を売る」とは、無駄話などをして仕事を怠けることです。
仕事に限らず、やらなくてはならないことをサボって別のことをしていることも指します。
「油を売る」は、ただ働かずに怠けているというよりも、本来すべきことがあるにも関わらず他のことをやっていて全然進んでいないような状況で使われることが多いです。
「油を売る」の類義語
「油を売る」と同じく、本来やらなくてはならないことがあるのにサボっているというような意味で使われる言葉は他にもあります。
道草を食う
「道草を食う」とは、目的地へ行く途中で他のことに時間を費やすことをあらわしています。
この言葉は馬が道端の草を食べていて進行が遅れることから生まれたとされます。
サボるとはまた違ったニュアンスとなりますが、物事が遅々として進まない状況などでも用いられることもあります。
横道にそれる
「横道をそれる」とは、本来やるべきことと異なることに時間を費やすことです。
例えば、会議を進めなくてはならないのに雑談の方で盛り上がってしまい、話が進まないときなどに使われる言葉となっています。
話が別の方向にそれてしまうことを指すこともあります。
「油を売る」の語源
「油を売る」という言葉はどのようにして生まれたのでしょうか?
その昔、油を売る行商人がいたそうです。
この行商人は油を売る際、客を相手に世間話をしている時間が多かったそうです。
これは別段、怠けていたというわけではありません。
油売りは1軒1軒回って油を売っていたのですが、当時の油は粘っこかったため、油の切れが悪かったそうです。
そのため、一定量注ぎきるのに時間がかかったとされています。
その間、客と世間話をしたことから、「油を売る」という表現がされるようになったのだとか。
つまり、当初は怠けようとして世間話をしていたわけではなく、単に油を売る際に、注ぎきるまでの時間に世間話をしていたことが「油を売る」の語源なのです。
現代の「油を売る」ようにサボっていたわけではないのです。
しかし、時代の変化とともに「油を売る=サボる」という意味で使われるようになったのだとか。
「油」の入った慣用句
「油を売る」以外にも、日本語には油が含まれる言葉があります。
ここからは「油を絞る」や「油を注ぐ」「油を流したよう」などの慣用句についてもご紹介します。
油を絞る
「油を絞る」とは、過ちや失敗を厳しく責めることです。
人の欠点などを叱って懲らしめるような表現としても使われます。
悪いことをした人を「とっちめてやる」という意味で「油を絞る」なんて表現をしたりもしますね。
油を注ぐ
「油を注ぐ」とは、感情や行動などをさらに勢いづかせることです。
「火に油を注ぐ」などのように、すでに勢いがあるものをさらに勢いづかせるための行動を表現する際に用いられます。
何もないところに油を注いでも何も起こりません。
そのため、基本的に「油を注ぐ」は、すでに感情や行動が燃え上がっているようなところへ、更に勢いを増させる材料を追加する場面で使われます。
例えば、親に忘れ物が多いことで怒られているところに、テストの結果が悪かったことも露見して更に怒られてしまう状況を指して使われますね。
油を流したよう
「油を流したよう」とは、海や湖などの水面が波立たずに穏やかな様子のことです。
情緒ある表現などで使うことが多い言葉で、小説などの作品でも使われる表現の1つとなっています。
この表現は、語尾に「に」「な」などをつけて、「油を流したように」「油を流したような」といった形容詞として用いられることが多いです。
まとめ
「油を売る」は、仕事をサボってふらふらとしているようなことを指します。
現代ではほっつき歩いていることなども指します。
しかし、もともと油を売った際に、油を注ぎきるまでの間の時間にする世間話から「油を売る」は生まれたとされます。
ですから、元々「油を売る」はサボるために行っていた状況ではなかったという事ですね。
そこから、次第に世間話の部分が取りざたされて、「油を売る=サボる」という意味で使われるようになったとされています。