「立往生(立ち往生)」の意味は?忠臣の見事な最期から生まれた言葉だった!

「立ち往生」とは、物事が行き詰まった状況をあらわす際に使われる言葉です。
もともとは、文字通り立ったまま往生すること、つまり死ぬことから来ています。
これには、源平合戦で名を知られる僧兵「弁慶」の最期が関係しています。

ここでは、そんな「立ち往生」がどのような言葉なのかを解説するとともに、この言葉の起源についてもご紹介します。

「立ち往生」とは

まずは「立ち往生」が、どのような状況で使われるのか、また類義語について見ていきましょう!

「立ち往生」の意味

「立ち往生」とは、立ったままの姿勢で死ぬこと、立ち死にを指す言葉です。
現代では、その場に止まったり途中で行き詰まったりしたままなこと、身動きが取れなくなりどうしようもない状況をあらわす際に用いられます。
解決策がなく手詰まりの状態で、進みも退きもできなくなっていることを表す言葉となっています。

現在は足止めを食うの意味の方で使われる方が一般的

近年では、文字通りの立ったまま亡くなる様子という意味で使われることはまずありません。

足止めを食らうという意味で使われることが一般的です。
例えば「ガス欠で立ち往生する」「道路工事で立ち往生する」などのように、足止めを食らっている様子そのものを表す言葉としても使われています。
自分に原因があり陥った状況ではなく、周りの環境など自分ではどうすることもできないような状況を指して用いることが多いですね。

現代的な使われ方の類義語

現代では、立ち止まっているような状況を指す「立ち往生」、これと同じような意味を持つ言葉は他にもあります。
以下にて「立ち往生」の類義語も確認しておきましょう!

釘打ち

「釘打ち」とは、もともと棺桶の蓋を釘で打ちつけることです。
しかし、これが転じて足止めを食らうといった様子を指すようになりました。

袋小路

「袋小路」とは、行き止まりで通り抜けられない小路のことです。
そこから転じて、物事が手詰まりで膠着状態になることをあらわす言葉となったとされています。

どん詰まり

「どん詰まり」とは、何かに行き詰まることを表す言葉です。
完全に立ち止まって前に進むのが難しくなることを指しますが、戻ることも難しいような状況を指すこともあります。

「立ち往生の由来」

そんな「立ち往生」の由来には、ある勇敢な僧兵が関係しています。
ここからは「立ち往生」の語源となったとされる平安時代に生きた弁慶という人物についてまとめます。

弁慶の最期の姿から生まれた言葉

「立ち往生」は、もともと「弁慶の立ち往生」という言葉でした。
つまり、平安時代に活躍した弁慶から来ている言葉なのです。

これは勇敢な弁慶の最期の姿から生まれた言葉だとされ、その姿を讃えて多くの人が使い始めた言葉ともされています。

弁慶の最期については創作物などで語られる逸話が多く、その中でも衣川の戦いでの最期の姿は現在まで語られています。

「源義経」に仕えていた弁慶ですが、主君である源義経は、源平合戦の後に謀反を起こしたと兄でもある鎌倉幕府の創始者「源頼朝」により討伐令が出されていました。
奥州藤原氏の元に逃亡していましたが、源頼朝の圧力に対に屈した奥州藤原氏はとうとう源義経を討つべく兵を出します。
世にいう「衣川の戦い」です。
500余りの敵兵に対して、10兵ほどしかいなかった源義経ら一団は防戦やむなくついに敗北が明らかになりました。

この時、源義経が自刃する時間を最後まで稼いだのが弁慶と言われています。
源義経とその妻子が籠る堂の前で体を大きく構えて、敵が近寄るのを防いだのです。

弁慶の迫力に押された奥州藤原氏の兵たちですが、遠距離ならばと矢を射かけます。
後ろにある堂を守るため降り注ぐ矢を交わすのではなく、弁慶はその矢を体で受けることを選択します。

しかし、いくら矢が体を受けても、主君の最期の時を守るためにも決して体は倒れませんでした。
そして、敵兵を睨みつけるように立ったまま、命を絶ちました。
この姿からその最期は「弁慶の立ち往生」として後世に語り継がれることになりました。

「立ち往生」という言葉にはそんな背景があるのです。

弁慶とは

弁慶は、平安時代末期に活躍した僧兵のことです。
元は比叡山の僧兵だったとされます。

言い伝えなどでは、剛力で名を馳せ負け知らずでしたが、五条大橋で当時は牛若丸と名乗っていた源義経と戦い、負けてからは忠臣として常に源義経の傍にいたともされます。
生まれについては分かっておらず、現在伝わるものは全て創作物などによるものとなっています。

源平合戦でももちろん、源義経の家来として働き、源義経が源頼朝に追われるようになっても決して主君を裏切ることなくついて行き、衣川の戦いで今でも語られる最期を迎えました。
逃亡に際する忠臣としての姿としては、歌舞伎の一作でも知られる「勧進帳」などがあります。

昔の人は大好きだった!弁慶から生まれた言葉

昔の人にとって弁慶はまさに憧れの存在でした。
もともと源義経が国民的ヒーローとしての歴史も長いのですが、弁慶も見事な忠義を見せた英雄として称賛され、そこから弁慶に関する言葉も多く生まれています。

弁慶の泣き所

「弁慶の泣き所」とは、向こう脛のことを意味する言葉です。
また、その人にとって唯一最大の弱点の例えとしても使われます。

これは怪力無双とされた弁慶ほどの人物でさえも、脛を叩かれば痛がって泣いてしまうというだろうという事で生まれた言葉です。

弁慶の七つ道具

「弁慶の七つ道具」とは、弁慶が持っていたとされる7種類の道具から来ています。

弁慶は僧兵として、無数の武器を使いこなしたと言われています。
特に「薙刀・熊手・大槌・大鋸・刺叉、突棒、袖搦」の7つを得意としたそうで、その戦いぶりはまさに鬼神の如くだったそうな。

そこから、仕事や勉強などに必要不可欠な大切なものの例えとして広まりました。

まとめ

「立ち往生」は、進むこともも戻ることもできなくなってしまい、どうにもできない状態を指す言葉です。
自分自身のせいというよりも、タイミングや周りの環境もあって陥った状況をあらわす際に使われます。

その背景には源義経の忠臣「弁慶」が関係しています。
「立ち往生」はもともと「弁慶の立ち往生」という言葉であり、弁慶の最期の姿から生まれた言葉です。
「弁慶の泣き所」や「弁慶の七つ道具」など、弁慶からうまれた言葉は他にもあります。

関連記事はこちら

決着がつかないことを意味する「埒が明かない」の語源となったのは、有名なあの神社?!

慌てふためく様子を意味する「テンパる」という言葉は元々ポジティブな意味だった?

関連キーワード

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事