頑張っている様子を意味する「しゃかりき」、その由来はお釈迦様にある?!

頑張っている様子をあらわす「しゃかりき」。
この言葉は、一説によるとお釈迦様と関係があるとされています。

漢字表記の「釈迦力」に、その由来があるのだとか。
そこでここでは、「しゃかりき」という言葉について見ていきましょう。

「しゃかりき」とは

 

まずはしゃかりきの意味について見ていきましょう。

「しゃかりき」の意味

しゃかりきとは、夢中になって何かに取り組むことをあらわす言葉です。
何かに対して躍起になっている様子として使われます。
また、ひたすら頑張っている人を指すこともある言葉となっています。

「しゃかりき」の由来

 

しゃかりきの漢字表記は、「釈迦力」となります。
その由来は、お釈迦様にあるとされています。

漢字表記は「釈迦力」

お釈迦様の最初の説法を「初転法輪」と言います。
法輪とは、人間の迷いや悪を打ち破ることを例えた表現です。

その昔、お釈迦様は苦しむ人々を救うために仏教を開きました。
悟りを開き、昔の修行仲間にまず最初の説法をしました。
その際に、何が苦しみの元なのか、何をすべきかなどを説いたとされています。

その後も、説法を繰り返していきましたが、お釈迦様の教えはなかなか浸透しません。
それでもお釈迦様は諦めず、人々を救うために教えを説いて回りました。

その努力の結果、多くの人の元に仏教の考えをを広めることができました。
このお釈迦様の力を尽くす様子が「釈迦力」だとされています。

これが、現在の「しゃかりき」の由来と考えられています。

「しゃかりき」という言葉はいつ生まれた?

しゃかりきという言葉はそれほど古い言葉では無いともされています。
1940年代前半に、一部地域で使われていた言葉ともされています。

広く使われるようになったのは、戦後になってからなのだとか。

しかし、しゃかりきの明確な生まれた時期や、成り立ちの経緯については不明な点も多く、具体的にいつから使われたのかはわかっていません。
1940年代前半からというのも、憶測の域を出ないものともされています。

「しゃかりき」の類義語

 

ここからは、しゃかりきの類義語を見ていきましょう。

無我夢中

無我夢中は、あることに心を奪われて我を忘れる様子を指します。
「無我」は自分に捕らわれる心を超越した心を表しています。

本来は仏教用語の1つで、己への執着を脱した状態を指します。

「夢中」は、物事に熱中して他のことを考えられない状態です。
何か1つのことに集中していること表現する際に使います。

がむしゃら

がむしゃらは、1つの目的に向かって向こう見ずになることです。
また、他のことを無視してひたすら集中する様子をあらわします。
後先を考えず、強引に物事を進める際にも使われます。

「がむしゃ」が向こう見ずに振る舞うことを、「ら」がその接尾語となります。

遮二無二

遮二無二は、物事の先行きを考えずに、そのことを推し進める様子をあらわします。
無暗に、無性に、やたらとといった様子も指します。

「遮二」は二を断ち切る、「無二」は二がないことをあらわしています。
その2つの言葉が合わさることで、前後の見通しも考えずに行動をすることとなります

まとめ

しゃかりきは、何かを頑張っている様子をあらわす言葉です。
漢字では釈迦力と表記し、お釈迦様が関係するとされています。
かつてお釈迦様が仏教の教えで、人々を救うために奔走したことが関係しているのだとか。

類義語としては、無我夢中やがむしゃら、遮二無二などがあります。
いずれも他のものが目に入らずに行動するという意味があります。

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