「白眉」とはどんな意味の言葉?言われたら喜んでいい?

「白眉」は優れた人に対して用いる褒め言葉のひとつです。
この言葉は、多くの中で最も優れた人をあらわす言葉となります。
そのため、もし誰かから「白眉」と評価されたら最上級の褒め言葉を掛けられたと喜んでいいという事になります。

そこでここでは、「白眉」がどのような言葉なのかをご紹介します。

「白眉」とは

まずは、「白眉」がどのような言葉なのかを見ていきましょう。

「白眉」の意味

「白眉」とは、集団の中で一番優れた人や物をあらわす言葉です。
近年では、優秀な人の褒め言葉としても使われています。

「白眉」と評されたら、喜んでいい!!

「白眉」は、優秀なことを表現する言葉となっています。
そのため、誰かから「白眉」と言われたら褒められたという事になります。

才能を褒められたり人柄を褒められたか、多くの人たちの中で抜きんでて優れていると評価されたという事になります。

「卓越」や「秀逸」との違い

白眉と似た言葉に、「卓越」や「秀逸」があります。
しかし、「卓越」や「秀逸」とは若干意味合いが異なります。

「白眉」は、集団の中で最も優れていることをあらわしています。

それに対して「卓越」や「秀逸」は、抜きんでて良いことをあらわす言葉です。
そのため、その集団の中に同程度優れている人がいる可能性は十分あります。

「白眉」の由来

では、なぜ優れた人のことを「白眉」と表現するのでしょうか?
これは、ある中国の故事から来ています。

「白眉」の由来は三国志に登場する人物から

「白眉」という言葉は三国志に登場する「馬良」という蜀の武将から来ています。
この馬良という人物は、5人兄弟の四男なのですが、いずれの兄弟も優れた人物たちでした。
しかし、馬良がその中でも最も優れた人物として「馬氏の五常、白眉もっとも良し」と評されていました。

この言葉に出てくる白眉が馬良のこととなります。
馬良は眉毛にに白い毛が混じっていたことから「白眉」とあだ名されていたのです。

このあだ名と兄弟の中で最も優れていたという点から、集団の中で最も優れた人物を「白眉」といわれるようになりました。

実際「馬良」は相当優れた人物

三国志に出てくる馬良は、劉備が荊州に入ったころに傘下に入ったとされます。
その後、名軍師として知られる「諸葛亮」と親交を深めていたようで、祝いの文を送った際は諸葛亮の事を「尊兄」と呼んでいます。
このことから、諸葛亮とは義兄弟の中だったのかもしれないとされます。

また、劉備が蜀漢の皇帝となった際は、「侍中」という要職に就いています。

これらの功績や交友関係を見る限り、馬良は実際相当優れた人物だったようです。

「白眉」の由来となった人物の兄弟には、あの言葉の由来となった人物が!

馬良から生まれた「白眉」。
この馬良の兄弟もまた、現在も使われる言葉の由来となった人物がいます。
ここからは、馬良の兄弟にまつわる言葉について見ていきましょう。

兄弟のひとりから生まれた「泣いて馬謖を斬る」

馬良の弟に「馬謖(ばしょく)」という人物がいます。
そう、「泣いて馬謖を斬る」という言葉の馬謖の事です。

この「泣いて馬謖を斬る」とは、規律を保つためには愛する者であっても厳しく処分することを意味する言葉です。w

違反者が身内であっても規律を守るためなら、その身を惜しいと思っても泣く泣く決断する様子から生まれた言葉となっています。

「泣いて馬謖を斬る」の由来

「泣いて馬謖を斬る」は、三国志「蜀書(馬謖伝)」の故事から来ているます。

中国の三国時代、馬謖は諸葛孔明の命令に従わなかったため、魏に大敗を喫しました。
稀代の名将である諸葛孔明は、日頃から馬謖を重用していました。
しかし、ここで許せば規律が乱れると考えました。

そこで、諸葛孔明は泣きながら馬謖を斬罪に処したのです。
この諸葛亮の決断から「泣いて馬謖を斬る」という表現が生まれました。

まとめ

「白眉」は、馬良という人物の評価から生まれた言葉です。
あるまとまり・集団の中で一番優れていることをあらわしています。

似た表現に「卓越」や「秀逸」がありますが、これらとは意味合いが異なります。
「白眉」が集まりの中で最も優秀なことを指しますが、「卓越」や「秀逸」は抜きんでていることはあらわしていますが同程度優れている存在がある可能性があります。

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